戸塚区(とつかく)

戸塚(とつか)/横浜市戸塚区矢部町 
 
   
▲伊東医院/大正14年築、裏に住居棟 ▲昭和20年建築の善了寺本堂 
●大きく変わった戸塚駅前
 早朝に江戸を立って,次に泊まるところが戸塚あたりです。しかしいまJR戸塚駅に降りて周囲の光景を見たら驚くでしょう。区画整理の真っ最中で,いたるところで工事中なのです。かつて駅前は迷路のような住宅密集地でした。それがここ2~3年で大きく変わります。
近代建築がわずかに残る
 旧東海道を歩いていますと,ところどころに古民家が見られます。しかも伊東医院などの歴史的建造物の見られるのがうれしい。本陣や一里塚などの碑などがありますが,かつての宿場町の面影は見られません。古くは富塚と書かれ、富塚古墳が地名の由来とか。
 
感動度★★
 もう一度いきたい度★★
 交通 JR戸塚駅から徒歩5分
 
○平戸(ひらど)/横浜市戸塚区平戸 
 
   
▲萩原代官屋敷跡/安政5年(1858)に新撰組近藤勇が訪問し他流試合 ▲東海道品濃一里塚/江戸から9番目の一里塚。県の指定文化財 
旧東海道沿いの集落
 寛永10年(1633)、元禄10年(1697)、そして幕末期は旗本・杉浦氏の知行。集落は東海道沿いに形成されており、品濃一里塚がほぼ完全な形で残されています。そのため神奈川県の指定文化財となっています。また『新編相模国風土記稿』によれば、江戸から9里、東西12町(約1309m)、南北15町(約1636m)で家数が47とあります。
地名・平戸の由来は「開処」と開けたところを表す
 ヒラドの地は、ここを中心に谷戸が四方に伸び、いわば谷戸の根本のようなところ。そこにこのあたりでは面積の広い平坦地が広がっていました。従ってヒラドとは「開処」であり、土地の開けたさまを表した地名と推察されます。 
 感動度★
もう一度行きたい度★
交通 JR横須賀線東戸塚駅から徒歩15分