大正区(たいしょうく)
○三軒家(さんげんや)/大阪市大正区三軒家西 | |
●江戸時代は水運の要所 古くは三軒屋とも書いたとか。もとは姫島、丸島などと称された木津川下流の小島でした。慶長15年(1610)に木津村の中村勘助が開発したと伝えられています。つまり徳川幕府が始まった当初というから、歴史は古い。ただし開発年代は正保4年(1647)という説もあります。下流域だけあって、水運に恵まれており船番所ができるなど、交通の要所となりました。漁業も盛んになりました。一方、廻船問屋など商家も集まり、遊郭もできました。 ●非戦災地区で棟割り長屋が続きます いま、大阪でよく見かける棟割り長屋形式の町家が多い。戦災にあうこともなかったので、古い家屋がまだまだ残っています。 |
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感動度★ もう一度行きたい度★★ 交通 JR大阪環状線大正駅から徒歩10分 |