出雲崎町(いずもざきまち)

○出雲崎(いずもざき)/出雲崎町住吉町 
 
佐渡の金の陸揚げ港として繁栄
 江戸時代,上杉家が会津移封,その後掘秀治が新領主となります。同時に佐渡への港としての機能を充実。金の陸揚げ港となり,さらに宿場町でもあり,大きく発展しました。
三角屋根の切妻型住宅群
 漁師町特有の三角屋根のいわゆる切妻型住宅が続きます。間口が狭く、奥行きのある長屋風の民家です。この住宅群の光景が圧巻で,新潟県が「景観形成推進地区」に指定。

 もともと北前船の寄港地として栄えた町で,上方の文化の影響も。一般には良寛さん生誕の地として知られています。
 地名の由来は、出雲の大国主命(おおくにのみこと)が来臨した故事にちなむそうです。 
感動度★★★
 もう一度行きたい度★★★
 交通 クルマは隣接する「道の駅」に停めました
 
○久田(くった)/出雲崎町久田 
 
   
▲裏道に入ると板壁の民家が並ぶ  ▲板壁の超三角形の狭小住宅 
茅葺き屋根がポツンと1軒
 日本海岸の砂丘地の上にある集落。かつては九田ともいいました。もう少し山寄に山城跡が見られます。戦国時代,上杉房能の重臣・山田豊後守が5年間居城したそうです。江戸時代は久田村,領主が絶えず替わりましたが,天保年間(1830-44)は家数28と小さな村でした。水田もわずかで,漁業が主な産業。
圧倒的に多い板張りの切妻型住宅
 丘陵地帯に広がる細長い町並みです。意外に急坂があったりします。茅葺き屋根も残りますが,この地方でおなじみの切り妻型の下見板貼りの家屋が,圧倒的に多く見られます。
 ところで地名の由来は宇奈具志神社の給田(きゅうでん)が、九田、久田と転訛したとか。  
 感動度★
 もう一度いきたい度★
 交通 クルマは道端に停めました