日の出町(西多摩郡)

平井(ひらい)/日の出町平井
 平井
 平井  
 ▲交通量の少ない川北地区  ▲石垣と樹木の生い茂った道
 木造閻魔王座像は,江戸時代前期の作品で,都の文化財に指定されています  徳川幕府より寺領10石を賜る
 ▲保泉院/木造の閻魔王座像がある  ▲寳光寺/文明10年(1478)開基
 鳳凰の舞は,国指定の無形文化財です。  
 ▲春日神社/9月の鳳凰の舞が有名  ▲常福寺/天正12年(1584)開山
   
 ▲東光院/石段の中央に石仏が立つ  ▲常福寺裏手の平井川沿いに遊歩道
 ●土蔵や石垣のある町並み
 日の出町は,羽生(はぶ)地区と川北地区の二つの歴史的な地域が存在しています。川北地区とは,平井川の北部地域で,平井の一部にあたります。一方の平井川南部には,江戸時代からの宿場町があり,青梅,大久野から五日市方面に抜けるための交通の要衝。しかしいまは往時の面影は見られません。
 川北地区には,土蔵,板塀や石垣のある古民家,歴史ある寺院などが残り,歴史と文化の香りのする町並みとなっています。交通量も少なく,たまにハイカーと出会います。
 地名の由来は、『新編武蔵国風土記稿』によれば、その昔、平井某が住んでいたからとか。
 感動度★★
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 交通 JR五日市線からバスで中平井下車徒歩20分
 羽生(はぶ)/日の出町大久野
 上羽生家住宅/三階蔵として地元で知られている
   
▲中羽生家住宅/ご先祖祭りの中心 ▲西羽生家住宅/豪壮な薬医門
 ●目を見はる近代建築群
 卒塔婆(そとば)産業を興した羽生家は,後北条氏の家臣でしたが,北条氏の滅亡後,羽生に帰農。江戸時代は名主として地元に貢献しました。特に卒塔婆の生産高は,今でも全国でも6割の市場占有率を誇っています。
 明治15年(1882)の“大久野焼け”(大火)で,一帯が焼失しましたが,各羽生家が次々に再建。いまでも豪壮な屋敷構えを見せています。特に住宅と前栽畑などの屋敷構えは羽生地区を特徴付けています。毎年4月のご先祖祭りは,各当主が羽生平山大権現に参拝する一大行事です。ところで大久野焼けの結果、菜種油などを使う行灯(あんどん)に代わって石油ランプやアセチレンガスランプの利用が促進したそうです。
 感動度★★
 もう一度いきたい度★★
 交通
 JR五日市線五日市駅からバスで羽生下車徒歩10分
 幸神(さじかみ)/日の出町大久野
 
 昭和初期の近代木造住宅です。町の近代化遺産として保存したいそうです  『新編武藏風土記稿』では本尊の聖観音座像が運慶の作というが定かでないという
▲藤太軒理容所/町の近代化遺産 ▲寳鏡寺/宝永6年(1709)開山 
 ●昭和期の佇まいが残る
 旧大久野村の字名(あざな)です。このおめでたい地名の由来は,『新編武藏風土記稿』によれば,幸神神社のあるところから名付けられたとか。
 さて五日市側から現在の秋川街道の急な小机坂を越え,下ったあと一本裏手の旧道に,古民家など昭和の佇まいが若干残っています。昭和4年(1929)に浅野セメント工場が創業。工場関係者が大久野に住むようになり、旧大久野駅近辺に残っている建物がそれです。この駅というのは、大正14年(1925)に,セメントや石灰岩輸送のために開業した五日市鉄道大久野線の駅のことで、昭和57年(1982)に廃業しました。
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 交通 JR五日市線五日市駅からバスで大久野中学校下車すぐ
 岩井(いわい)/日の出町大久野
 
わずかな古民家が通り沿いに残ります
 幸神(さじかみ)、新井(あらい)と集落は続きますが、新井には古民家が見当たらず、岩井でやっと見つけました。岩井も小字にあたります。さて、岩井には平井川を挟んだ対岸に大規模なセメント工場群があって、もう古民家探しどころではない感じの環境なのです。ただ岩井院(がんせいいん)という古刹があります。『新編武蔵国風土記稿』によれば、新井にある天正寺の末寺で、そこの第二世が天正14年(1586)が開基したという。その小高い所にある岩井院周辺も現代住宅群で、ちょっとがっかり。
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 交通 JR五日市線五日市駅からバスで岩井下車すぐ
 細尾(ほそお)/日の出町大久野
 
蔵が点々と見られます
 平井川沿いの旧道から光明寺方面の横道に入ります。光明寺には1本のカヤで造られた薬師堂があって、東京都の文化財に指定されています。この光明寺に向かう途中に蔵などの古民家が点在しています。細尾は旧上大久野地区の真ん中あたりで、小字にあたります。また細尾の社寺から、“大久野郷“の文字が記された古い鰐口(わにぐち)が発見されており、大久野の初見とされているようです。川沿いを歩いていますと、いきなり鉄筋4階建てのかなり大きい老人ホームが登場します。日当たりの悪い山峡の地だけに気になりました。日の出町は蔵の町といわれるくらい、川沿いにも蔵が点々としていました。 
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交通 JR五日市線五日市駅からバスで細尾下車すぐ
 肝要(かんよう)/日の出町大久野
 
   
▲慶福寺/慶長14年(1609)開基  ▲日の出町小さな蔵の資料館 
白壁の小さな蔵があちこちで見られます
 この奇妙な地名は、小字ですがかつて神入(かんにゅう)と書いたそうです。御嶽山の遥拝殿があったところで、神の入口にあたりそこから転訛したというが、定かではありません。また大久野村のほぼ真ん中にあって、比較的平地が見られます。平井川沿いを歩いていますと、白壁の土蔵があちこちに見られ、楽しくなってきます。ちなみに日の出町全体では150前後の蔵が残っているそうです。 
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交通 JR五日市線五日市駅からバスで肝要下車すぐ
 松尾(まつお)/日の出町大久野
 
平井川沿いに古民家が点在
 松尾は大久野の小字にあたります。それにしても山奥にきたものだとつくづく思いました。大久野(おおぐの)は“奥野”という意味もあるとか。『新編武蔵国風土記稿』によれば、上大久野の高札場は新井にあったとあります。いまでは松尾が最奥の集落となります。ちなみに下大久野の高札場は落合にあります。バスは平井川沿いをつるつる温泉に向かいますが、終点のひとつ手前で降ります。このあたりは山間の地で田畑はなく、江戸時代は山仕事で生計を立てていました。また綿や漆、楮などを産出していたそうです。川沿いを歩いていますと、白岩不動尊や朽ちかけた松澤寺が見られます。ときおり白岩滝からの温泉に向かうハイカーが通る程度。白壁の土蔵が目に付く、静かな山峡の地です。 
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交通 JR五日市線五日市駅からバスで日の出山登山口下車すぐ

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