八王子市

 八王子(はちおうじ)八王子市元横山町他
 
   
 ▲寺院の土塀風の壁が見られます ▲石倉や土蔵もあちこちで見られます
   
▲竹の花(鼻)公園内にある一里塚  力士八光山の銅像もある永福稲荷神社 
   
▲大義寺の美しい本堂  ▲織物の町を象徴する建物 
   
▲八幡と八雲を合祀 /八幡八雲神社  ▲武蔵野きのこ汁うどん(580円きらく庵 
織物産業の発達で桑都
 江戸時代から「桑都」と呼ばれていたようです。多摩地方では農閑期を利用して養蚕をおこない,生産された生糸が八王子に集積。織物産業が発展したのです。市を通して江戸はもちろん,横浜港から上方へと送られたのです。ちなみに八王子から横浜までの街道を「絹の道」と言われました。
意外にも蔵があちこちに残っていました
 多摩地方を代表する一大都市ですが,江戸時代も中心地でした。そこで往時の面影を求めて歩き回りました。蔵があちこちで見られるのも織物問屋などの商家が多かったということか。 
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 交通 JR中央線八王子駅から徒歩15分
 
千人町(せんにんちょう)/八王子市千人町 
 
千人同心たちの居住地
 もともと甲斐武田氏配下の半農半士の武士集団でした。しかし武田氏滅亡後、徳川氏は彼らを登用。当初500人で編成し、小仏方面と案下(あんげ)方面のに分けて江戸防衛の任務に当たらせました。関ヶ原の戦い後、さらに500人を追加、計1000人として八王子千人同心が成立しました。そして彼らの住まいの居住地を千人町となったのです。すなわち地名の由来は、千人頭、同心組頭が住んでいたことからです。
千人同心の役割も時代とともに変わりました
 当初、甲州口の押さえとしての役割を持たせました。その後は日光の警備,防火が中心となりっていきます。明治になっても一町として存続しました。 
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 交通 JR中央線西八王子駅から徒歩13分
 
田町(たまち)/八王子市田町 
 
   
 ▲古民家を利用したレストラン ▲板塀に囲まれた民家が点在 
明治26年の大火後、浅川沿いの田んぼに移転
 江戸時代からの遊郭で、もともと横山町の甲州街道沿いに連なっていました。ところが明治26年8月、新万楼から出火。かなりの大火で八日町、本町など付近一帯702戸が焼失。そこで八王子町会が道路改正計画を立てて、遊郭業者の猛抵抗を押し切って、浅川沿いの田地に28戸を移転させました。
旧旅館などわずかに残る遊里の面影
 その後、田町、浦田、新地などと呼び名が変わりますが、大正8年に田町が正式町名となりました。いわば田んぼにできた新しい町という意味でしょうか。いま歩いて見ますと、旧旅館などわずかに面影が見られる程度で、どんどん変貌しつつあります。昭和5年発売の『全國 遊郭案内』によれば昭和初期、貸し座敷は14軒、娼妓100人前後らしい。出身地も意外にも東京が多いそうです。  
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 交通 京王線京王八王子駅からバスで浅川橋下車、徒歩10分
 
高尾(たかお)/八王子市高尾町 
 
   
▲きのこそば(800円・飯島屋)  ▲とろろそば(750円・日光屋) 
   
▲山菜そば(936円・琵琶家)  ▲十穀力団子(1本30円・山頂売店) 
ミシュランガイドで三つ星を得る
 甲州街道沿いの集落で,なおかつ薬王院の参道入口にもあたります。また登山客や参拝客でいつも賑わっており,特に近年は、ミシュランガイド三つ星を得たために外国人観光客でいっぱいです。人気の原因の一つに豪華トイレがあると噂しています。
東京都水道局が数億円かけて豪華トイレを建設
 数年前、東京都水道局が数億円(一説には4億円?)かけて、山頂付近に鉄筋2階建てのトイレを建設しました。下から上水道を汲み上げ、1階は男女、2階は女子と分け、すべて洗浄機能付きです。これには外国人女性が大喜びで、人気が一気に加速したとか。
●明治・大正の古民家
 いずれにせよ夏は外国人を含め避暑客でいっぱいです。駅付近には明治,大正の建物もそこそこ残っていおり、時間があれば旧街道を歩くのも楽しみの一つです。 
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 交通 京王線高尾山口駅から徒歩5分
 
館町(たてまち)/八王子市館町 
 
旧農村地帯で旧家が点在
 かつて,湯殿川流域に広がる農村地帯でしたが,丘陵地に分譲住宅団地が造成されました。低地に旧名主等の旧家が残されています。また浄泉寺が後北条家臣・近藤出羽守助実の居城で,地形的,軍事的にも重要視されところではないかと推定されています。
丘陵下にわずかな古民家
 歩いていてもほとんどが、新興の分譲住宅団地で、古民家は低地まで降りてこないと見られません。
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 交通 JR中央線高尾駅から徒歩25分
 
 柚木(ゆぎ)/八王子市上柚木 
 
鎌倉時代から続く歴史ある集落
 由儀、由木とも書きます。平安時代から鎌倉時代にかけて、武蔵七党のひとつ横山党の一族・柚木氏が居住していました。地名を名前に冠した武士団は、武蔵七党の一つの西党もいます。この両者の子孫は代々柚木を所領としていました。天正18年(1590)、豊臣秀吉の小田原攻めの際に発せられた文書によれば「油儀之郷」(ゆぎのさと)と明記されており、江戸の初期には、上柚木、下柚木に分村されたと思われます。歴史のある集落です。
旧道沿いに古民家
 柚木街道(下柚木-鑓水/都道20号線の一部)の旧道沿いにかつては豪農と思われる大型の農家が見られます。旧名主と推測されますが、そこには幾つかの古民家が点在。周囲は大部分が現代住宅だけに目立つ存在です。 
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 交通 京王線橋本駅からバスで西小学校前下車、徒歩5分
 
鑓水(やりみず)/八王子市鑓水 
 
   
▲絹の道資料館/鑓水商人の詳細も   ▲小泉家屋敷/典型的な養蚕農家
竹槍(たけやり)を地中に突いて取水
 地名の由来は、多摩丘陵の崖に筒状の竹槍を突いて、その竹槍から簡単に地下水がわき出てくるという方法をヤリミズといいます。この地方独特の取水方法。それが地名として残されたとか。
絹の道を行く“鑓水商人”の面影
 当地を一躍有名にしたのが、八王子市場と積み出し港の横浜港を結ぶ街道・いわゆる絹の道の発達からです。そこから多摩地方屈指の生糸商人でもある鑓水商人を排出したのです。その後、あっという間にはかなくも消えてしまいます。いまは旧名主と思われる豪邸が残りますが、往時の面影は見られません。  
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 交通 京王線橋本駅からバスで絹の道入口下車、徒歩10分
 
古名路(こなじ)/八王子市裏高尾町 
 
   
▲金南寺(こんなんじ)/南北朝時代の創建と伝えられています   ▲バス停「古名路」の近くにも古民家が点在しています 
古名は古名字(こなし)
 『新編武蔵国風土記稿』では古名字(こなし)と明記。さらに金南寺(こんなじ)から地名を借用したというが、これは逆で、すでにあった地名から寺名が付いたというべきでしょう。
金南寺周辺に古民家
 さて、このあたりは現代住宅がギッシリですが、金南寺周辺に古民家が見られます。 
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 交通 JR中央線高尾駅からバスで古名路下車すぐ
 
駒木野(こまぎの)/八王子市裏高尾町 
 
   
▲旧小林医院・主屋は大正年間築   ▲小仏関跡・国の史跡に指定
甲州街道の宿場町
 甲州街道の宿場町です。本陣1,脇本陣1,旅籠が12軒ありましたが,隣の小仏宿との合いの宿でした。江戸時代は上長房村で,長房宿と呼んだという記述も見られるようです。
板張りの古民家が見られる
 街道を歩いていますと,下見板張りの町家が幾つか見ることができます。そして宿場の西端には,小仏関跡の碑が立っています。幕府が最も重視した関所です。正式には駒木野関所といったようですが,小仏峠付近に設けられたものが,信長の時代に現在地に移転,「小仏関」となったとか。 
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 交通 JR中央線高尾駅から徒歩20分
 
荒井(あらい)/八王子市裏高尾町 
 
千人組同心・峰尾軍次郎持ちの八幡社
 江戸時代は上長房村で,甲州街道沿いの小さな集落でした。『新編武藏風土記稿』によると,新井と書かれており,26軒の家屋がありました。駒木野が27軒ですから,小さな集落ばかりで「やがては一村にすべき」と記載。近くの八幡社は八王子の武士集団千人組の一人・峰尾軍次郎が持ち,信仰していたとか。
●街道の両側に家屋が並ぶ
 往時の町並みは街道筋にべったりと並んでいたようですが,今も同じです。改装,改築されていますが家屋は壁は板張りで,出桁造り,2階の虫籠窓は塞がれている所もあります。 
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 交通 JR中央線高尾駅からバスで荒井下車すぐ
 
摺差(するさし)/八王子市裏高尾町 
 
 ●焼畑を意味する地名
 この奇妙な地名は、農耕地名のひとつで、焼き畑を意味します。「差」が焼畑を、「摺」は休閑地を意味するとか。『新編武蔵国風土記稿』によれば江戸時代末期の民家は32軒とあります。いまは中央高速道路に沿った甲州街道にポツンと家屋が点在するのみ。ここでは「するさしの豆腐」が名物です。
感動度★ もう一度いきたい度 交通 JR中央線高尾駅からバスで摺差下車すぐ 
小仏(こぼとけ)/八王子市裏高尾町 
 
地名の由来は諸説あります
  小仏という地名の由来は諸説あります。地中から小さな仏像が出現したとか、奈良の大仏に対して関東の小仏とかありますが、有力なのは険しい崖を意味するそうです。徳島県の秘境・小歩危(こぼけ)も同じ意味だとか。
飯田藩、高遠藩、高島藩が参勤交代に利用
 甲州街道沿いの集落で、関所も置かれていましたが、天正8年(1580)に駒木野に移転しました。江戸時代は信州の飯田旛、高遠旛、高島旛の参勤交代に利用していましたが、五街道中最も利用が少なかったそうです。
●バス停付近にわずかな古民家
 バス停・小仏からポツンポツンと古民家が見られる程度です。ただ週末はハイカーで賑わい、バスも増便されます。 
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 交通 JR中央線高尾駅からバスで小仏下車すぐ
 
川原宿(かわらじゅく)/八王子市下恩方町 
 
江戸時代初期に集落が形成
 案下(あんげ)道(陣馬街道)と鎌倉古道の交差するところで,かなり賑わったものと推定されます。その昔,浅川が流れていましたが,流れが北に変わり,今の北浅川になったそうです。このあたりは平坦で,「川原ノ宿」という集落が万治年間(1658-61)に形成されました。今の上宿通りにあたります。
板塀や植栽のある古民家
 いまの陣馬街道や北側の上宿通りあたりを歩いても,大半が郊外型の現代住宅に替わっています。でも所どころ板塀のある古民家や土蔵が見られると,少しうれしくなります。 
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 交通 JR中央線高尾駅からバスで川原宿下車すぐ
 
松竹(まつたけ)/八王子市下恩方町 
 
上杉景勝が松竹橋を渡って八王子城へ猛攻
 天下統一を目ざす秀吉の関東攻めの大群は小田原城を包囲。同じころ支城である八王子城も秀吉の同盟軍・前田利家,上杉景勝らに猛攻を受けていました。このとき,前田利家は大手門から正攻法,上杉景勝は松竹橋を通って溺手口(からめてぐち)に奇襲をかけたのです。結果,1日で炎上陥落。このとき城に立てこもった婦女子らも大半が命をおとしました。
土蔵や板張りのある静かな集落
 いまは往時の面影はありませんが,近くに松嶽稲荷神社があり地名の由来になっているとか。旧家の土蔵や手入れのいい植栽など,静かな集落です。
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 交通 JR中央線高尾駅からバスで松竹下車すぐ
 
駒木野(こまきの)/八王子市上恩方町 
 
案下道沿いの静かな集落
 案下(あんげ)道(現・陣馬街道)沿いの集落で比較的古民家が残っています。駒木野の地名は,「駒」から馬の放牧地だった説があります。さらに駒木野宿(旧甲州街道)が高尾駅近辺にあり,青梅市にも駒木野という村がありました。いずれも馬の放牧地があったようです。また奈良時代から多摩地方は渡来人との関係が深いので「高麗来野」から渡来説もあります。
まとまって存在する古民家
 板塀や美しい植栽に囲まれた大屋根の町家,白壁の土蔵などが多く見られます。裏街道の名にふさわしく静かな街道です。 
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 交通 JR中央線高尾駅からバスで駒木野下車すぐ
 
関場(せきば)/八王子市上恩方町 
 
   
▲上恩方郵便局(昭和13年築)  ▲口留番所跡/案下道の関所です 
江戸時代、口留番所のあったところ
 口留(くちどめ)番所のあったところ。江戸時代,甲州街道の裏街道として案下(あんげ)道は重要な交通路でした。案下道(現・陣馬街道)は追分から分岐し,和田峠(案下峠)を超えて相模国津久井郡佐久川村を通り,上野原宿で再び甲州街道に合流します。
口留番所は藩独自の小規模な番所
 口留番所とは、各藩が藩の境界や交通の要所などに、独自に設けた番所。幕府の関所にあたりますが、関所よりは小規模なものです。
長屋門,土蔵など古民家
 関場は小規模な関所があったところで,旅人の検問,物資の移出の監視を任務としていました。村方36人の交代勤務でしたが,明治2年に廃止となりました。いま板貼りの長屋門や白壁の土蔵,近代木造建築などが見られます。
童謡『夕焼小焼』のふるさと
 一つ手前のバス停「夕焼け小焼け」で降りますと、童謡『夕焼小焼』のモデルとなった、夕やけ小やけふれあいの里があって、歌碑も立っています。 
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 交通 JR高尾駅からバスで関場下車すぐ
 
 上案下(かみあんげ)/八王子市上恩方町
 
   
▲こちらの道は陣馬高原キャンプ場に行けます  ▲この道(右)を行くと県境の和田峠に向かいます 
   
▲終点の陣馬高原下のバス停  ▲たった1軒の店・山下屋 
地名の由来はアイヌ語説などさまざまあります
 戦国時代は案下村といい,江戸時代に恩方村に変化したそうです。さらに下村,上村と分村し今に至ったとか。また「アゲ」は峠で片方が急斜面(案下峠を指す?/和田峠)になっている所という意味があるそうで,そこから「アンゲ」と変化したと言う説やアイヌ語説もあります。
板塀や板張りの続く山村
 戦国時代,後に出家した大石道俊が案下城を築城しました。戸倉城に移るまで隠棲していたとか。それらはともかく,板塀や板張りの古民家が街道沿いに続きます。小さな集落ですが,ここが東京都とは思えない静けさです。 
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 交通 JR高尾駅からバス陣馬高原下下車すぐ
 

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