○湯島(ゆしま)/文京区湯島3丁目 | |
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▲湯島聖堂/元は私塾,後に昌平坂学問所となります | ▲昌平坂/学問所周辺の3つの坂を昌平坂とよびました |
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▲『婦系図』の舞台・湯島天満宮 | ▲看板建築が多数見られます |
●受験シーズンににぎわう天神さまの町 本郷台地に位置します。江戸時代初期から町場として栄えます。また湯島天満宮への参拝客で賑わいました。湯島天神とも呼び、学問の神さまとして知られる菅原道真公を祀っています。受験シーズンになると、多数の受験生が押しかけます。 ●湯島聖堂は儒学の最高学府 湯島聖堂(後に昌平坂学問所)は、元禄年間(1688-1704)に忍岡(しのぶがおか)から当地に移転したきた孔子廟のこと。湯島聖堂は儒学の最高学府で『御府内備考』、『新編武蔵国風土記稿』の編さんを行われたところです。 ●明治には多くの教育機関が集まりました 古民家は湯島天神から下ったところにわずかに残されています。明治時代は各種大学などの学問の町として発展しました。 |
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感動度★★ もう一度いきたい度★★★ 交通 地下鉄湯島駅からすぐ |
○本郷(ほんごう)/文京区本郷 | |
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▲明治39年(1906)築の諸井邸。主屋,煉瓦倉など | ▲樋口一葉が生活に困って通った伊勢屋質店。区の指定文化財 |
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▲中央会堂(国の登録文化財)。昭和4年(1929)築 | ▲建築家・武田五一設計による和洋折衷の求道館で東京都の指定文化財 |
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▲赤門。加賀藩前田家の上屋敷跡。国の重要文化財 | ▲多くの歴史を秘めた東大安田講堂。国の登録文化財 |
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▲徳田秋声旧宅/都の指定文化財 | ▲坂や階段の多い町。木造住宅が密集 |
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▲旧真砂町付近は古民家がいっぱい残っています | ▲弓町本郷教会/1920年代に建てられた鎮ブロック造 |
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▲夏目漱石の小説『三四郎』の舞台 | ▲さだまさし作詞作曲「無縁坂」の舞台 |
●東大とともに歩んだ町 本郷といえば東大です。まさに東大とともに歩んだ町です。多くの文豪たちのいわれのある町でもあります。そして,旅館街でもあります。全国の多くの修学旅行生たちが泊まりました。今では少なくなりましたが,数軒の旅館が営業を続けています。 ●樋口一葉が通った質店もあります なかでも鳳明館本館は,国の登録文化財でもあります。本郷の高台の上に立つ旅館は,濃い緑のなかにあります。 また菊坂には樋口一葉が通ったという伊勢屋質店も残っています。質店の蔵は最近の調査で,黒漆喰であることが判明。 |
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感動度★★ もう一度いきたい度★★★ 交通 地下鉄本郷三丁目駅から徒歩10分 |
○弥生(やよい)/文京区弥生 |
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●弥生時代の名称の由来地 なんといっても弥生時代の名称の由来地です。また明治17年(1884),東大生に土器が発見されたのですが,後になって縄文土器と区別されることが判明。地名から弥生土器と命名されました。ただ実際に発見されたところは、本郷キャンパス内の工学部9号館付近であると判明。農学部と工学部の境に「弥生式土器発掘ゆかりの地」の碑が建てられています。 ●近代建築が幾つか散見 町並みは近代建築が幾つか見られる程度です。 |
感動度★ もう一度いきたい度★ 交通 地下鉄東大前駅から徒歩8分 |
○千駄木(せんだぎ)/文京区千駄木5丁目 | |
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▲旧安田楠雄邸/豊島園創業者・藤田好三郎から安田楠雄が購入。 | ▲高村光雲旧宅/明治45年から花巻市へ疎開した昭和20年まで住んだ |
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▲協和会の蔵/旧東大眼科医の佐野家所有。今は谷根千工房が管理運営 | ▲半床庵/茶道・武者小路千家東京出張場の茶室・東京都の指定文化財 |
●東京大空襲から逃れた町 このあたり一体を指す,通称・谷根千(やねせん)の「千」の部分に当たります。東京大学に近く,かつて多くの文人たちが居を構えたことがありました。いまは鴎外記念館,高村光雲旧宅などがあります。 ●著名人の旧宅が見られます また写真下左の旧安田楠雄邸は,週2日ほど公開されています。安田邸は大正7年(1918)に建てられた質の高い邸宅で,関東大震災と東京空襲の被災にあっていません。現在,東京都の名勝に指定されています。またこのあたりは登録有形文化財の多い地域でもあります。 |
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感動度★★★ もう一度いきたい度★★★ 交通 地下鉄千駄木駅から徒歩7分 |
○根津(ねづ)/文京区根津 | |
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▲深い庇のある町家と看板住宅が並ぶ | ▲よく見かける2階屋。銅板貼りです |
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▲干し物,植木,すだれ…下町の光景 | ▲まだ板張りの町家が残っています |
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▲旧サイタ質店/明治40年頃から営業 | ▲このあたりではよく見られる棟割り長屋 |
●はん亭は根津のシンボル はん亭(写真上)は木造3階建て,国の登録文化財で根岸のシンボル的な役割を果たしています。不忍通りから1本裏手に入ったところにあります。不忍通り沿いはマンションが建ち並んでいますが,裏手に入ると木造2階建ての長屋があったりと,とても楽しい町並みを見ることができます。 ●圧倒される権現様式の根津神社 根津神社は旧根津権現で明治の神仏分離で現在名に改称されました。関東大震災と第二次大戦の空襲にも遭うことなく、本殿・拝殿・幣殿など多くの社殿が国の重要文化財に指定されています。典型的な権現様式は見る人圧倒させます。 |
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感動度★★★ もう一度いきたい度★★ 交通 地下鉄根津駅から徒歩5分 |
○本駒込(ほんこまごめ)/文京区本駒込 | |
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▲駒込名主屋敷/享保2年(1717)の火災後に再建。東京都指定文化財 | ▲吉祥寺/太田道灌が明暦の大火後和田倉門から移転。吉祥寺はココが本家 |
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▲六義園/柳沢吉保の下屋敷の庭園 | ▲目赤不動/万行和尚の庵 |
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▲駒込天祖神社/玉垣(左端)に「駒込三業組合」の文字。かつて旧駒込明神町に花街がありました。大正11年に三業地の許可がおりました | |
●「本郷」の「駒込」で本駒込 豊島区の駒込と区別するために「本郷の駒込」すなわち「本駒込」と命名。江戸時代,日光街道が混み合うので,徳川将軍は日光社参時には裏道のこの岩槻街道を使うようになり,「日光御成街道」と呼ばれました。 ●文化財指定の古民家 街道沿いを歩きますと,わずかですが古民家が見られます。また寺院も多く,寺町を形成。一方,土物(つちもの)と呼ばれるダイコンやゴボウ,ニンジンの市があちこちで立ったりしました。これらは神田,千住と並ぶ江戸三大青果市場のひとつと言われたとか。 ●吉祥寺はココが本家です 武蔵野市に吉祥寺はありません。この地にある吉祥寺が本家です。明暦の大火後、この地の住人が五日市街道沿いに移転し開発したといいます。 |
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感動度★ もう一度いきたい度★ 交通 地下鉄南北線本駒込駅から徒歩5分 |
○向丘(むこうがおか)/文京区向丘 |
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●裏手は寺町を形成 本郷通りの裏手は寺院が集中する寺町を形成しています。湯島北方の岡にある地域,というのが地名の由来。江戸時代からの著名人の墓が多い。また所々に古民家が見られます。 ●キラ星のごとく耀く江戸期の著名人たちの墓群 まさに江戸期に活躍した著名人の墓が連なっています。西善寺には探検家・近藤重蔵の墓所があって、東京都の史跡に指定されています。幕末の兵学者で砲術家・高島秋帆の墓と祈念碑は大円寺にあります。同じく大円寺には明治の小説家・斎藤緑雨の墓も。栄松院には浄瑠璃大夫・薩摩浄雲、歌舞伎俳優・初代松本幸四郎の墓所もあります。蓮光寺には儒学者・平野金華、蝦夷地探検家・最上徳内の墓があり、いずれも都の史跡です。海蔵寺には富士講の基礎を築いた身禄行者、武芸者・久米平内、儒学者・立原翠軒の墓があります。真浄寺には朝鮮李朝末期の政治家・金玉均の墓所。高林寺には蘭・医学者・緒方洪庵も墓と追悼碑。さらに歌人・岡麓の墓があります。 |
感動度★ もう一度いきたい度★ 交通 地下鉄本駒込駅から徒歩10分 |
○白山(はくさん)/文京区白山1丁目 | |
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▲路地の奥や裏通りに入りますと木造の家屋がまだまだ残ります | |
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▲歴史ある地元の守り神白山神社 | ▲学生の町で銭湯も健在です |
●いろんな表情を持っています 東洋大学や各高等学校など白山は文教地区というイメージがあります。実際に地下鉄・白山駅の出入り口は多くの若者たちで賑わっています。また本郷台地にかかる部分は高級住宅地でもあります。また大手の共同印刷が隣接しているせいか,中小の製本所も目に付きます。 ●かつて小規模な花街がありました しかし白山のもう一つの顔に,花街があります。木造のこじゃれた建物が幾つか残っていますが,面影はまったくありません。かつて共同印刷と周辺の多くの労働者が、貧民窟のごとく密集していたのです。写真上の巨大なアパートは,隣の建物が無くなってはじめて全ぼうを現しました。 ●『太陽のない街』の舞台になった町 昭和3年の共同印刷争議をモデルに描いたプロレタリア文学の代表作『太陽のない街』(北林谷栄・滝沢修・東野栄治郎ら)を社会派の巨匠・山本薩夫が映画化。実際にあったトンネル長屋を再現(駒沢公園で再現)するなど精力的に撮影。太陽のない街はトンネル長屋を指すと同時に、低賃金で働く労働者の生活環境も表しています。『キネマ旬報』ベストテン6位。 |
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感動度★★ もう一度いきたい度★★ 交通 都営地下鉄白山駅から徒歩7分 |
○西方(にしかた)/文京区西片2丁目 | |
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▲平野家住宅/国の登録文化財 | ▲西方には多くの近代木造建築が残る |
●夏目漱石や樋口一葉 本郷台地の一角にある町です。一時夏目漱石も住んでおり『虞美人草』はこの町で生まれました。また樋口一葉も1丁目の白山通り沿いに住んでおり,代表作の『たけくらべ』,『にごりえ』が生まれました。 ●平野家住宅でTV『ミス・シャーロック』(竹内結子主演)のロケ ドラマのロケ地になることが多い町ですが、2018年4月に放映されたテレビドラマ『ミス・シャーロック』(竹内結子主演・貫地谷しおり共演)では、登録文化財の平野家住宅が使われています。若くして亡くなった竹内結子さんの魅力を思う存分発揮された作品でした。 |
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感動度★★ もう一度いきたい度★★ 交通 地下鉄東大前駅から徒歩10分 |
○千石(せんごく)/文京区千石3丁目 | |
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▲千石は南部を流れる千川、地域の地名小石川を合体した地名です | |
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▲今も残る銭湯・おとめ湯(2013年6月廃業)と黒板塀の古民家 | |
●蔵造りの老舗と旧おとめ湯など古民家群が続く 町の南を流れる千川と地域名の小石川から千石となったそうです。このあたりは幸いにも戦災にもあっていないので,古い家屋がいくつか残っています。3丁目には,老舗の米屋・伊勢五商店(写真上),さらに行くと銭湯・おとめ湯(2016年6月廃業)があります。このような町が残っているだけで,うれしくなってきます。 ●板壁や板塀の続く町並み 不忍通りを渡って2丁目に行くと,こちらも古い家屋がそのまま残っています。板を張り付けた壁や塀が多く,落ち着いたたたずまいを見せてくれるのです。古民家の続く町です。 |
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感動度★★★ もう一度いきたい度★★ 交通 地下鉄千石駅から徒歩10分 |
○関口(せきぐち)/文京区関口 |
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●椿山荘の裏手の神田川沿いは遊歩道 神田川の畔が遊歩道になっていました。ちょうど椿山荘の裏手にあたります。江戸時代の椿山はツバキの名所で、椿山八幡宮がありました。同時に上総国久留里藩主・黒田家の屋敷があったところです。明治に入り、元勲山形有朋が別荘を建てて椿山荘と命名しました。文京区では「水と緑の関口コース」という散歩道を設定しています。 ●土を模した美しい塀が続きます 関口というのは、神田川上水を江戸川に分流するための堰を設けていたことから、堰のある村が転訛したものと推測されます。わずかな距離ですが、土壁を模した美しい壁が続き、瓦屋根と絶妙の色合いとなっています。 |
感動度★★ もう一度行きたい度★★ 交通 地下鉄有楽町線江戸川橋駅から徒歩15分 |
○小日向(こひなた)/文京区小日向 |
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●キリシタン宗門奉行が置かれていました 戦国期時代、後北条氏が小石川に次いで開発を進めた地域です。江戸時代は小日向村となり、幕府領でもありました。面白いのは、切支丹宗門奉行が置かれ、下屋敷に取調室や牢を建てられていたそうです。しかしそれも寛政4年(1792)に廃止されました。 ●看板建築風の2階建て棟割り長屋の飲食店街 いま小日向界隈は、瀟洒な住宅地でもあったり、裏手にはアパートがあったり、幹線道路沿いはマンションが建ち並ぶなど、都内ではおなじみの光景でもあります。近辺には大学も多く、学生なども多く住みます。地下鉄茗荷谷駅付近まで歩きますと、看板建築風の2階建て棟割り長屋の飲食店が並びます。 |
感動度★ もう一度行きたい度★ 交通 地下鉄江戸川橋駅から徒歩10分 |
○大塚(おおつか)/文京区大塚5丁目 | |
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▲古民家が続くこの先が,坂下通り入口にあたる | ▲地下鉄新大塚駅の春日通りから狭い通りに入ると雑然とする |
●大きな塚のあったところ? 大塚は大きな塚があったところというが,どんな塚なのか判明していません。またこのあたりの旧大塚坂下町は,大塚3丁目交差点から護国寺へ下る富士見坂の下にあるので坂下町と命名。今は大塚5丁目あたりです。 ●急な石段の両側に2階家 地下鉄丸ノ内線・新大塚駅を降り,春日通りから一方通行の狭い通りの急坂を下ります。かなり古いゴチャゴチャとしたモルタル塗りの戦後の建築群が続きます。さらに行きますと,板壁,板塀の続く2階家が見えてきます。建物の間には,幾つもの急な石段があって,趣のある町並みが見られます。 |
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感動度★★ もう一度いきたい度★ 交通 地下鉄新大塚駅から徒歩10分 |